レトロな自販機が人を呼び寄せる
河畔の涼しい風を浴びながら261号線を下っていると、旅情と温もりが詰まった自販機たちが出迎えてくる。その名は「コインレストランかわもと」。山の緑に、白とピンクの花が咲く藤棚が実に映える。
黄やピンクのシンビジウムが香る店内には、ジュースの自販機や、カップラーメンや菓子の自販機があるが、なんといっても一番の目玉は、かしわうどんとラーメンの自販機だ。1982年の開業当時から稼働し続けているレトロ自販機である。
このレストランは、レトロフード自販機ファンの魚谷祐介氏の著書で紹介されたのを皮切りに、沢山の愛好家が自販機を目当てに県内外から訪れるようになった。筆者がお伺いしたときも、「広島にはラーメンの自販機がないから」と、広島から来た家族連れがテーブルを囲んでいた。
「関西や関東、いちばん遠くて北海道から来る人もいるんですよ!」
そう話して下さったのは、主人の室修さんと店を切り盛りする、奥さんの孝子さん。孝子さんは、朗らかな喋りと明るい笑顔が印象深い方だ。修さんは穏やかな印象の方で、園芸にゴルフと多彩な趣味をお持ちである。先に述べた藤棚やシンビジウムも、修さんが趣味で栽培したのだそう。現在は店主の室修さんと奥さんの孝子さんの2人で、365日年中無休で切り盛りしている。
無人レストランで生まれる交流
不思議なことに、コインレストランかわもとでは、利用客から「無事帰りました」「また来ます」といった電話や手紙を受けることが多いのだそう。お茶の差し入れをこしらえてくるリピーターもいるという。無人のレストランであるにも関わらず、一体なぜお客さんと深いつながりが生まれるのだろう。
室さん夫婦は、うどんやラーメンの補充や忘れ物のチェックのため、日に何度も店に出る。その際に、県外ナンバーの人には「どこから来たのですか?」と尋ねたり、小さな子供を可愛がったりして、客と話が弾み、交流が発生するのだ。修さんや孝子さんの心和む雰囲気ならではのスタイルである。
大都市では忘れられた、お愛想にも無愛想にも含まれない、地域社会特有の人との距離感が、そこには今も健在している。そういった「生きた昭和レトロ」を味わえるのは、全国にいくつかあるコインレストランの中でもここにしかない魅力だと思う。
経営難も「営業を続けたい」
ラーメンとかしわうどんは今年から30円値上げされ380円になった。電気代の高騰が影響しているという。売上は最盛期の5,6分の1。普通のレストランより客あたりの単価が低いこともあって、経営が難しくなっているそうだ。
「それでも、今も来てくれるお客さんがいるし、店がなくなったら寂しくなる(修さん)」「コインレストランを憩いの場として営業し続けたい(孝子さん)」とそれぞれの思いを語ってくれた。
ひとまずは、うどんとラーメンの自販機が壊れるまで店を続ける予定だという。旧型の自販機であるため代わりの部品がもうないのだ。なるべく足繁く通い、生きたレトロを堪能したいところである。
日本各地から人が訪れる土壌が、川本のコインレストランにもあるということを、もっと認知されるべきだと、取材をしていて感じた。
かしわうどんは季節によって柚子や山椒の葉などが加わる。ラーメンは本格的なチャーシューが特に美味だ。ぜひコインレストランかわもとへ足を運んでみてほしい。
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